暮らしに直結、重宝な大工のわざ

つくづく大工の技術を取得して良かったと思う、55年前に横須賀市米が浜のバス停から涙なっがらに修行の為、当時は寒く大雪のつもった東京に送り出してくれた今は亡き母にいつも感謝している。
ニュウギニアでマラリアにかかり戦病死した父の形見のボール紙(で出来た人造革(今流の段ボール)製のトランクに詰めてもらった 一組の下着、股引、足袋、作業着類が  私の((株)加賀妻工務店)の出発点、財産の全てであった、大切なその鞄は今も私の側にあり、謙虚であれとささやいてくれる。
久しぶりにとれた朝からの休暇、我がアジトは作業場続きの職人用の飯場跡、夏は暑く冬は寒いが季節が肌で感じられ日本人にとって最高の情緒ある住処の模様替えをした。
母のいる仏壇を中心に夏バージョンから冬バージョンへと自然素材の廃木材を活用大工仕事に汗を流した。
飯場であるから空き部屋を利用し薪ストーブを設置、急場しのぎではあるがくつろげる隠れ家を完成させた(かけた費用は、人件費0円、資材費0円也 
こんな快適な暮らしが出来る部屋を作れるのも大工一筋風雪に耐え築き上げた55年の職人技ゆえ。
多分世界中の誰よりも快適で便利、居心地の良い住処を私は倉庫のような飯場の中に持っている。
しかし、後悔先に立たず、毎年繰り返してきた夏冬入れ替え作業ではあつたが、今は亡き母と肩寄せ薪ストーブの前で昔話に花を咲かせてきた時間は母が望むほど多くはなかったかも知れないのです。
冬に向かいこれからは従順な愛妻と二人薪ストーブと仏壇のある住処で更なる年輪を積み重ねます。
それもこれも全てが母に送り出してもらったバス停から始まっているトランクと大工修行のお陰である。
大工万歳、そして全てにありがとう。