2024年1月元旦 令和6年能登半島地震(命名)

干支は”12年の周期で巡りくる!

震災は”忘れたころに巡りくる!

干支は卯から辰に年が変わる令和6年1月1日辰が目覚めて令和6年を迎えた元旦に能登半島地震も目を覚まし震度7令和6年能登半島地震と命名された。

阪神淡路大震災1月発生から29年目、奇しくも同じ1月しかも元旦に望まぬ来訪者は訪れた。

私が震災建物応急危険度判定士として震災地で判定業務を全うしたのは1995年1月17日5時46分に発生の阪神淡路大震災の倒壊(震度6強を始めて震度7に)を免れた住宅に住んでいた避難者の建物調査をするために準備されたA4用紙赤色(倒壊危険)黄色(倒壊注意)青色(一応安全)と記された3種の用紙を手元に、災害地の建物を調査判定し、危険度に合わせ3種の用紙を調査済み建物に張り付ける業務に疾走しました、被害者所から避難者が自宅に戻れるか?否かを判定する責任の重い業務です。

以下は震災建物応急危険度判定士として各地の災害地を巡り歩いた出動記録です。

災害発生年度 公式命名地震名 当時の総理大臣名  災害の特徴

・1995年1月  阪神淡路大震災 村上首相  灘区古民家の多量倒壊 長田町火災と植物の生命力

・2004年10月 新潟県中越地震 小泉首相  山間部小地谷地区の地滑り 上越新幹線浦佐で脱線

・2007年3月   能登半島地震     安倍総理  日本海の風雪に耐えた重い日本瓦の重量が災いの元

・2007年7月   新潟県中越沖地震  安部首相  刈羽村原子力発電所に注目   後日大工職3人で復旧応援

・2011年3月 東北地方太平洋沖地震 菅直人首相 リアス式海岸津波被害 東電原子力発電所の被害

・2014年4月 長野県北部地震白馬村 安倍首相  狭い範囲の地震で傾斜地の地滑り倒壊もあり

・2016年4月 熊本地震本震14日16日 安部首相  2度にわたる震度7の本震 熊本城天守閣倒壊

・2021年2月 福島県沖3,11の余震    管義偉首相 長く影響を持つ3,11大震災の余震

・2023年5月 能登半島地方地震      岸田首相       話題にはのらなかったが死者も出ている

・2024年1月 令和6年能登半島地震   岸田首相       広範囲の津波 山崩れ、火災

         ・2024年度 忍び寄る震災”  次なる発生は何処の町へ!

列記の如くこの29年間に震度7クラスのの地震が10度発生してり、本年度地震を除き被災地に赴き応急危険度判定士としての活動を通して建て物の倒壊状況から倒壊に至る原因探求、その蓄積に努め弊社の建築する建物にその経験は生かされています。(倒壊原因となった普段見られない構造材の劣化が被害を大きくした!)

1995年の阪神淡路大震災活動のから得た情報を元に関東で初めて頑丈で美しい日本の樹による構造を表した美しい樹の家が誕生したのでした。

近年安い外国の木材に頼っていた日本の住宅に、紀州熊野の森の隣接森林を持つ山元の山長木材製材所の協力を得て加賀妻が開発した構造材を表した樹の家は加賀妻の展示場となり協同組合匠の会の名のもと朝日新聞の紙面に紹介され業界の見学者が多勢押し寄せ、骨太頑丈な樹齢60年の構造材を見せる美しい日本の樹の家は一躍全国に広まり現在の住宅の基本となる一大事件でもありました。

創業者棟梁の加賀妻が基盤を作り、上棟し樹の家が誕生し・積極果敢な2代目妹尾社長に引き継がれ美しい樹の家を成長させ・3代目高橋社長のデザイン力により更に美しく磨きをかけ現在の樹の家は成長を続けています。

新築事業部の方針・ご要望有れど沢山は創らづ、目の届く範囲で棟梁加賀妻~妹尾社長~高橋社長の下で育った熟練専属大工職の腕で創れる範囲の樹の家を世に出していきます。

新築で腕を磨き、経験を重ねる事で初めて、古民家の再生や、朽ち果てそうな建物の修繕等を任せられる加賀妻のリノベーション事業部のメンバーに迎えられます。

そして忘れたころに必ずやってくる、大震災に備えて更に高度の技術と調査経験を生かした、耐震補強事業部と見えない所で木材を食い荒らす恐ろしく潜むシロアリ被害(蟻害)から財産を守る有資格者のセントリコン事業部また 土地の情報を収集する土地建物を扱う不動産事業部が有ります。

 

 

 

 

 

20100123_151915126

 

 

 

 

20100810_133540641